2005年06月25日

岡島何羨子

『韻鏡井蛙抄』(享保五年)を著わした、何羨子 岡島道高と思われる人物を見かけたので記しておく。

中野三敏先生蔵の『享保癸卯/新正試筆』享保八年刊。内題は「新正試筆」、柱には「癸卯元旦」。篠崎東海(ここでは、「東海逸民篠崎三悦」)が纏めたもの。

そこに、「何羨子岡島長右衛門」で、詩を寄せている。

『韻鏡井蛙抄』は、誠心堂書店で、伝本少なし(著者不詳とも)とて、85000円で売られている。

別に購入している。国書総目録にれば、東洋大学のみ。
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2005年06月19日

太宰春台「倭楷正訛」

wakaiseika.pdf
(国語学大系)
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2005年06月18日

古事類苑 文学部 第二十七 外国語学

我国に行はれたる外国語学は、韓語を以て尤も古しと為す、蓋し三韓は我国との交通尤も早く開けたればなり、

次で支那と交通するに及び、漢音,呉音を伝へたり、文武天皇の令を撰ばしめたまふに及び、大学に音博士を置きて読書の音を正し、其後漢語師を置きて訳語の任に当らしめ桓武天皇の朝には大に漢音を奨励し、仏経をも亦漢音にて読誦することを令したり、されど支那語学は支那交通の断絶と共に亦漸く衰へたり、呉音は支那の一土音にして、欽明天皇の時仏経に伴ひて伝来せしものなりと云ふ、故に仏経は後世猶ほ之を用ゐて読誦せり、徳川時代には又支那音を学ぶもの多く、之を唐音と呼べり、即ち当時の漢音なり、而して幕府には唐話教授方ありて之を数ヘ、長崎には唐通事ありて、専ら訳語に従へり、

悉曇は、梵語の学なり、空海、円仁等、入唐して之を伝へしより、安然、浄蔵の徒、大に之を弘め、後世亦往々之に通ずるものあり、

欧羅巴諸国の語を学ぶ事は、其創始を詳にせず、徳川時代に在りては、天主教と共に国禁に属し、長崎の訳官と雖も、普通の会話を学ぶに止りて、書籍に就くことを許さヾりしが、徳川吉宗の比より讒に訳官にのみ之を詐し、尋で又有志のもの丶之を読むものをも寛容して責めざるに至れり、而して欧語中、徳川時代ニ行はれたるものは和蘭最も古くして且広く、露、英、仏、独語等之に次げり
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2005年06月16日

唐音(善庵随筆・和学弁)

○和学弁に、ひとゝせ長崎にて、唐人の旅館より一日寺〔割註〕コレ一曰示ナルベシ、訳家必備にも、一曰示一百斤ト載セタリ。」と書付て是をとゝのへくれよと、通詞の方へ言おこしたるに、皆々寄合て何の事やら合点せず、誠に唐人のねごとなり、されどすて置べきやうもあらで、聖廟の総裁向井玄升に見せぬ、是もとくと合点せず、やゝしばらく過て、玄并云は、もし唐音にてよまば、知るゝ事あらんと、唐音によみければ、早速事済たるよし、一日寺《いわし》とよめば、日本人が早く合点すべきと、余り唐人の念の入過たるよりおこりたる事ぞかし、トアレドモ、コレハ長崎ノ事、不案内ナル人ノ、一曰示ト書ケルヲ見テ、珍シキコトニ思ヒシヨリノ造語ト思ハル、長崎ニテ唐人応用ノ物件ヲ乞フニ、必ズ単子ヲ用ユ、通詞唐人ヨリウケトリテ、先ヅ唐音ニテ読誦一過シ、日用アリフレシコトハ、直ニ宿町へ申シ付ケ、コトカハリタルハ、翻訳シテ其役筋へ出ス、唐人スベテ日本産ノ漢名ナキモノ、或ハ漢名分明ナヲズ、又ハマギラハシキ物件ヲ、単子上ニ書載スルニハ、一言ノ下ニ会得シ易カラシメンタメ、唐音ヲ以テ日本語ニ填字ス、鯔魚《イワシ》ヲ一曰示、〓木《カシ》ヲ加真、鰹節《カツホブシ》ヲ憂子魚、畳《タヽミ》ヲ蹈蹈面、フスマヲ□司馬、苫《トマ》ヲ套馬、弁当ヲ便道、重箱ヲ受百菓、トイフノ類、枚挙ニタヘズ、コレ常ノ事ナレハ、ナンゾ合点セヌコトノアルべキヤ。

随筆大成旧1-5(新1-10)
古事類苑 文学部 第二十七 外国語学
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2005年06月11日

昌平黌の唐音(『旧事諮問録』)

旧事諮問録第六編
第八回 明治二十四年十一月七日
昌平坂学問所の事追補学問所規則覚書
答問者 旧幕学問所勤番組頭 石丸三亭
岩波文庫による
◎問 聖堂に医者がおりましたか、吉田とかいう医者がいたということですが。
◎答 さようです。吉田と杉本両人ありました。また、已前《いぜん》は長崎より唐通事《とうつうじ》が在勤しておりました。自然、唐船漂着等の節通弁の用意、かつ唐音《とういん》を学びたい者は教わったようです。(p149)
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韻鏡は唐音を正す書(平賀中南『学問捷径』)

今の通事、詩も詩経も平常読書の通りに読むゆへ声律一向に分れず。今の通事、韻鏡は唐音を正す書なることを知らず、名乗を返す書のみと思ふて居るやうの浅間しきことなり

江戸時代支那学入門書解題集成3 p162-183
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唐音を知らねば(平賀中南『学問捷径』)

詩は諷咏の物にて声律第一なり されども唐音を知らねば声律を正すこと能はざるなり

江戸時代支那学入門書解題集成3 p157
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大潮・唐音(『学問捷径』)

平賀中南『学問捷径』(日新堂学範)(安永八年刊)巻中
呼火口乾呼雪歯寒と云ふことあり。火音はホウなり。ホウと云へば口中あたゝかになる故に口乾くと云ふ。雪の音はシと云へば歯に風しむやうなり。故に歯寒しと云ふ。大潮和尚この言を宇野三平の前にて唱へられしかば。三平取りあへず呼虎風生と云れたりとて。其の俊抜を歎ぜられたり。虎の音フウなり。

江戸時代支那学入門書解題集成3 p166
石崎又造『近世日本に於ける支那俗語文学史』p67
高橋昌彦「先哲叢談聚議1宇野明霞」(『雅俗』1号)
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