2005年11月20日

『自叙益田孝翁伝』中公文庫

p70
 当時横浜で商売をしておった西洋人は日本語が出来ず、日本人は外国語が出来ない。それがどうして取引きをしておったかというと、外国商館のコムプラドルをしているシナ人が、ビジョン・イングリッシュ(実はビジョン即ち鳩でなく、ビジネス・イングリッシュ)とわずかばかりの日本語とを知っていて、それで用を弁じた。私は少し英語を知っていて西洋人と話が出来たものだから、日本の商人から先生先生と言われ、先生こういうことがあるのですがどうか交渉していただきたいというようなことを頼まれるので、よろしいと言うて早速交渉してやる。そんなことをしてしばらく遊んでおった。
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2005年10月29日

『福井県方言集』昭和六年

緒言
一、
本書は福井縣下に現在行はれてゐる方言を蒐集して、五十音の順に排列整理したものである、蒐集については主として本校生徒の手を煩はし、各自出身の郡市に行はれてゐるものについて、それに該當する標準語又は其の意味を併記して提出させ、それ等の言語的説明や排列整理編纂といつた様な仕事は、教師が之に當つたのである。
二、
本研究に於て使用する方言の意味は、或る地方に現に行はれてゐる言語の中から標準語を除いたものをいふので、その標準語が首府東京の教養ある中流社會に現在行はれてゐる言語を意味する事はいふまでもない。随つて方言とは其の言語の語形・語音・語義・語法等の点において標準語と異つた所の有るものに名づけた名稱である。世間でよく方言訛語と並べていつてゐるけれども、此の意味からは訛語も方言中に入れて差支ないのである。標準語の「菓子」を本縣で「アンマ」といふのは、形・音・義共に異つてゐるので實に目立つた方言といはねばならぬ、標準語の「預つて下さい」を本縣で「預けて下さい」といふは、語法上の誤りで矢張り方言である。又「電気」を「れんき」といふのは語音の不正で所謂訛語の中に數へられてゐるので方言とすべきである、或は「完全」といふ意味に「塩梅」の語を用ひるのは、語義上一般に通じないから無論方言といふ外はないのである、それから又如何に雅言であり、昔立派に通用した所謂古語であつても現代の標準語として生命の無いものは、地方に活きてゐても方言中に入れることににした、小児語といへども片言隻句でない限り、標準語のそれと異れば同じく方言中に包含せしめたのである。
三、
分布の上から見ると、本縣の方言は本州中部方言中の北陸方言と本州西部方言中の近畿方言との兩方に誇り、而も若干相交錯してゐる状態に在るので、研究といふ点からいふと随分貴重な資料を提供してくれてゐるし、極めて興味深く從事が出來る譯である。數年乃至十數年間も繼續的にこつ/\と研究の歩武を進めて行くならば、必ずや相当なものが出来上ることであらう。併し乍ら本校が郷土研究の一部として行ふ所の方言研究は、國語の改善統一の爲に行ふべき方言の矯正に直接役立たせることを當面主要な目的としてゐるので、大成の期を待つて始めて發表するといふことなく、大成に向ふ過程中の一纏り/\を示す必要がある。そこで差當り本書の上梓を見るに及んだ次第である。内容としては蒐集した方言にアクセントを附し、それに該當する標準語又はその意味を併記しそれ等方言の分布を明かにし、簡單な言語的説明が試みてある。一方又方言の語形式即ち語法の一端をも窺ひ得る爲に、方言を含む語句を郡市別に擧げて、それに該當する標準語が併記してある。
四、
斯様にして不十分乍ら出来上つた本冊子は、之を本校生徒各自に配布携帯せしめて學習研究の活資料に充てる外、縣下の初等教育者諸氏にも頒つて是正を乞ひ、教育上の参考にも供したいと思ふ。向後生徒諸子の繼續的な研究調査と教育實際家諸彦の示教とによつて、之に訂正を加へ増補を行つて、出来得べくんばさゝやかな方言辭典の編纂にまで漕ぎ付け度い冀望を有するものである。
昭和六年七月
福井縣福井師範學校


凡例
一、
方言は成るべく表音的に片假名を以て記すことにした。琉球方言の如く假名を以てしては殆ど表はし得られぬ音は少いにしても、假名を以てしては矢張不十分なものがないでもない。五十音の順になつてゐるとはいひ乍ら「は」と「ば」「ぱ」を同一塲所におく様にして單純化することにした。
二、
方言は単語を主としたけれど、便宜上、句の形になつたものも採ることにした、右傍に附けた線はアクセント符で、複線は単線よりも比較的高いことを示す。
三、
その方言に該當する標準語が無いものは其の意味を記すことにした。
四、
方言の言語的説明は平易を旨として語源にも觸れることにした。
五、
方言の分布の所は郡市別として普通唱へてゐる順序に從つて正しく掲げる事にした。それが自づと若越の二國に分れてゐるから好都合である。但、郡市を分布の單位としてゐるもの、其の郡市の全地域に行はれてゐると限つてはゐない。尚、郡市名は略號を用ひて福井市は福、足羽郡は足、吉田郡は吉、坂井郡は坂、大野郡は野、今立郡は今、丹生郡は丹、南條郡は南、敦賀郡は敦、三方郡は三、遠敷郡は遠、大飯郡は飯を以て表はすことにした。
六、
巻尾に方言を含む相當長い文句を掲げたのは、併記の標準語と對照することによつて、方言語法の一端を知り得るに好都合だと考へたからである。
七、
訂正増補の方法としては各自において訂正は誤りと思はれる個所は全部に亘つて之を行ひ、増補の方は単語なり文句なりを前例に倣つて餘白に追加すること、それを或る時期に全部學校の方で集めて、綜合整理の上増訂版として復、印刷に附する積りである。
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2005年10月25日

『梅暦』当時廓中の通言

『春色梅美婦禰』五篇巻十三 岩波文庫『梅暦』下 p405
作者|曰《いわく》、當時|廓中《くわくちう》の通言《ことばつかひ》を聞くに、古代の廓言葉《さとことば》と違ひ、多くは素人《しろうと》の娘のごとし。今|此糸《このいと》も是に倣《なら》へど、作者も深くは穿得《うがちえ》ず、只通客の批評を俟《まつ》のみ。這《こ》は言はでもの事ながら、往古《むかし》の事跡を今樣ぶりに、写しなすなる策子《さうし》にあなれば、專《もつばら》流行におくれまじと、此樣《こん》な事をも言ふンざますヨ。

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2005年10月21日

明治の地方での東京語

嵯峨の屋御室「野末の菊」(明治22年)、
元來此少女の語《ことば》は田舍語《ゐなかことば》が其|性質《もちまへ》です、然し東京を慕ッて居る心は其|語《ことば》をも慕ひます、ですから東京の人に對すると自然東京語で話さうとします。但《たゞ》しお糸の心の中《うち》で東京語の雛形《ひながた》となるものは教師|某《なにがし》の語《ことば》です、其故此少女の語《ことば》は田舍娘と自然に違《たが》ッて餘り聞よくハありません、(『明治文学全集17二葉亭四迷・嵯峨の屋おむろ集』p282)


森鴎外『青年』
太宰治『津軽』
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東西対立意識

上司小剣「死刑」
http://plaza.rakuten.co.jp/amizako/diary/200510140001/
総じて江戸は人問の調子が軽うて、言葉も下にござります。下品な言葉の上へ、無暗に「お」の字を附けまして、上品に見せようと企《たくら》んでおります。味噌汁《みそしる》のことをおみおつけ《、、、、、》、風呂のことをおぶう《、、、》、香のもののことを|おしんこ《、、、、》……」
「もういい、玄竹。そちの江戸攻撃は聞き飽きた。のう紀」と、但馬守は玄竹のぶッきら棒に言いたいことを言うのが、好きでたまらないのであった。江戸から新しくこの町奉行として来任してから丁度五ヶ月、見るもの、聞くもの、癪《しやく》に障ることだらけの中に、町医中田玄竹は水道の水で産湯を使わない人間として、珍しい上出来だと思って感心している。
「玄竹さまは、わたくしがお火のことをおし《、、》と言って、ひ《、》をし《、》と訛《なま》るのをお笑いになりますが、御目分は、し《、》をひ《、》と間ちがえて、失礼をひつれい《、、、、》、質屋をひち屋《、、、》と仰っしゃいます。ほほほほほほ」と、紀は殿様の前をも忘れて、心地よげに笑った。
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2005年10月10日

『旧事諮問録』大奥の事

第四回 明治二十四年四月二十三日
大奥の事
答問者
 旧幕|中臈《ちゆうろう》箕浦はな子
 同|御次《おつぎ》佐々鎮子
岩波文庫による

◎問 将軍の御言葉はどういう風ですか。古本《ふるほん》で二代将軍の御言葉を見ましたが、「おじゃる」というようなことがあったようです。やはりそんな言葉を遣《つか》ったのですか。
◎答 御自分様のことを「こちら」と申されました。
◎問 御付の方の言葉は、やはり遊ばせ言葉でしたか。
◎答 さようでございます。
◎問 下方《しもかた》で遣っている遊ばせ言葉と同じですか。
◎答 さようにございます。将軍様は御自分のことを、自分が自分がともおっしゃったこともございました。此方《こちら》とか自分とかおっしゃいました。
◎問 御台様は何と申されましたか。
◎答 御台様は「私《わたくし》」とおっしゃいました。私は嫌いじゃとか、好きじゃとか、あーじゃ、こーじゃとおっしやったのでございます。公方様は、いやだ、好きだとおっしゃって、別に通常の言語と変ったことはございませぬ。
◎問 彼方《あなた》がたが御台様に何かおっしゃるときは、何というのですか。
◎答 御前《ごぜん》と申します。
◎問 将軍家には。
◎答 上《かみ》と申します。この御湯取は上のであるとか、上の御|薬缶《やかん》だとか申すのでございます。
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2005年10月06日

山本笑月『明治世相百話』

山本笑月『明治世相百話』「動物画の名人列伝 烏の糞と同居した暁斎」*
あるとき上野の動物園で若い画家が虎を写生している所へ来合わせた立派なシナ人、「アナタその虎、飼った虎、容貌も温和、肉もやせており、野生の虎は十分餌を取り、もっと肥えていて顔も獰猛です、絵に書くソレ知る、必要です」。
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2005年07月11日

増補俚言集覽序(近藤瓶城)

増補俚言集覽序
蓋有雅言之編不可亦無俚言之撰也、論語曰、孔子所雅言詩書執禮皆雅言也、鄭康成云、必正其音然後義全、是言下孔子説詩書時、特執中京畿之音上也、孔子説經時、特執京畿正音、則平居所談、必雜齋魯俚言論語又載孔子之言曰、文莫吾猶人也、文莫二字漢唐宋明諸儒之註、不得其解〓鑿不容也、至明揚升庵引晉欒肇論語駁曰燕齊謂勉強爲文莫【方言云、(中略)】文莫是齊魯俚言也、得升庵此言千古強解、一朝瓦氷矣、然則暗于俚言者、不可以讀經書況於列國異言、東西殊諺紛々之語乎、彼土所以有〓軒使者絶代語釋列國方言之解也、我了阿法師之撰俚言集覧、徒非倣雅言集覧之著而已、蓋受方言其意也、今又益殊音異諺演義俚語者、以燕石之瑕、加藍玉之瑜、固知罪之難免、然於避宋人鼠璞之諺、聊寤多聞、庶幾于有小補云、


明治三十二年季夏   三河近藤瓶城撰

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俚言集覽凡例

   俚言集覽原書凡例
一 俚言郷語自つから善謠あり 此方古人の口より出て移徙流轉するあり 亦西土載籍に原いて里巷の常言となるあり 今聞ま丶に編輯する故に取次これを載す 一々出處を據援せず
一 此集鄙俗を先として雅馴を後とし輓今を主として上古を賓とせり 鄙俗は人々の知るところ輓今は耳目の及ぶ所なれはなり
一 此集總るに五十音を以てす五韻【アイウエオ】を以て五集となす【阿集伊集傴隻衣集於集是也】毎集横列【アカサタナハマヤラワ】を以て次序をなす 毎列一母の言を首母とす【あぎれアに足也きれは切也アは一毋なり】二母已上の言は言第二文字亦横列の韻を以て次序をなす【次母阿韻次母伊韻次母佃韻次母衣韻次毋於韻是也】一言の兩母に渉るもの【有身をアランアリアルアレはアロと五條あれとも五母に各出ぜす有の字にをさむる類なリ】文字の義訓に據て一に收む 餘母は界外に因字を表す
一 字音の撥假字は三内の正に从ふ【喉内ウ舌内(漢音ヌ呉音二).唇内ム是を三内音といふ案字をアヌの條に收め鹽字をアムの條に收むる是也】又別にンノ字を出す俗語中に三内の分辨しがたきものあるが故也【歩をアンヨと云父をアンノウと云類是也】
一 假字遣は凡て契冲師已後揖取氏古言梯に據れり同書に漏れしものは愚考を記して後賢の是正を俟つ
一 方言郷語甲は常に言へとも乙は聞ざることあり人或は己か聞こと無きを以て一郷一人り私言かと疑へるものあり故に前輩の記載に出るものは稗官野乘を厭はず毎に書名を記すいまだしきは見聞に随て記す故に引書考證古今前後の次序に及ばず
一 余江戸に少長せり故に集中江戸の語什が八九にあり楚人好説楚語なり因て他邦の解し難きものあらんことを恐る是を以て間亦解釋を下す然れとも此舉本偶然の作にして不經意の册なり故に率略疏漏言に足らず解釋反て指に背くものあらん易無常占詩無定詁諺亦復是の如し讀者意を以て逆ふべし余が解釋に固することなかれ
一 此集親戚僚友許多く人の口に出るものを采るといへとも聞ところは愚一人の耳のみ 一人の耳聞こと博からず數人の口言こと盡さず不博の耳を以て不盡の言を聞に其繁多かくの如し若四方の言萬郷の語を輯めは五車軸を折るへし豈一人の枚舉する所ならんや然りといへども亦繁きを厭はず毎部窒行を存し同臭の人の音を嗣んことを冀ふ

    増補俚言集覽凡例
一 原著もと俚言諺語を綱羅せしも前凡例に見えしことく仍は後人の増補を求めたり此意に原つきて今また蛇足を添ふ
一 此書もと俚言の爲に聚めしものなり故に諸辞書の軆に同しからす目標の音訓並へ列し國字漢字並べ舉ぐ不體裁といふべし然れとも俚言もとかくの如きを便宜とすべし
一 原著者此書をもて偶然の作不經意に出つと言ふ是もと謙虚の言なり故人此例多し
一 原著者もと悉曇に明らかに佛典に心醉せられしをもて辞書の體五韻横呼を便なり理ありとして皆五韻横列の次第に編纂せらる然れとも我か諸辞書の體に異なり學者引用の際此書のみ體裁の異なるをもて頗る不便を感すべし是れ著者の意に違ふも諸辞書同體に改めさるを得さるなり
一 原著もと同音頭字の下成丈け一種の物は類に隨ひて聚めたれは今引用の際字音次序に就て探る能はす是亦不便なるをもて普通の例に改む 假令は扇に就て云へは字音次序に關せす扇にか丶る種類を皆羅列するをいふ
一 原著は首母次母等の名目を立て皆その下に記戴す故に首母の下に記せしもの又次母の下に再記するあり今さる奇崛なる例を廢して普逋辞書の體に改るをもて同一記事並出するの重複を見る故に其一は除かざるを得す然れとも文章ことに詳略ことなるものは私意をもて除くへきにあらす之を兩存す故に文中いさ丶か重複するものあり 假令はあの部首母の下にあじろあり同部次母の下に同じあじろを詳記する如き是なりこれを普通字書體に改むれはあじろの紀事二條同所に並列すべし斯くの如き類は一の略記せしかたを除かさるを得ず然れども同じ田毎の月を首母次母兩所に記載せしも記事固より同しからされば二條ともに並存するの類なり
一 原著もと字音の撥は三内の正習に隨ふをもて普通の辞書ムの一音に收むる字を分ちて四區別を立つ舌漢音のヌ同呉音のニは多くは脣音のムに通ふなりこれを細別して三つに分つ又ムとンを區別せり然れとも斯くの如き細別は韻學のことに屬す 普通辞書を探るもの丶堪ゆる所にあらず此四區別の字を束ねてムの一音に歸せさるを得す 假令は陣屋陣觸なとの陣をチニの音に收め丹波丹後の丹をタヌの音に歸せし類
一 原著凡例に見ゆることく俚言諺語もと江戸を專ちとせられしも著者の意もとより是れをもて足れりとせしにあらず故に今四方の言に探りて増補すといへども未だ備らさるものは五車もたゞならざればなり
一 増補に小説語を引けるもの多きは我が小説傳記の書京傳馬琴ころより好みて此語を探り傍訓にはその引用せし時都合よきよみをおどこし用ゐしより其語の正解分別しかたし故に小説語に、訓すへき至當の譯を故人の撰より探りて録出す
一 増補に佛典の語を多く出せしも皆本邦古へより用ゐ來りし要語のみを擇み出せり其引據の語備らざるハもとより佛典辞書にあらざれはなり
一 増補中の諸國の方言は大學人類學會に請ひて其輯集にか丶りしものを探る
一 草木及ひ動礦物等の異名をあけしは多くは本草啓蒙及ひ古言録に探る
一 同一の音なり別所に並べ收めざるを得ざるあり假令は同一の一の字なり其熟語のよみかたに由りてイチの部にのみ收めがたしイツの部に入るもあり此類甚た多し自ら熟語を唱へて其熟語の出る音に就て其頭字のある所を索めは自ら明かなるべし
一 目標に漢字を出して邦音を附したるあり邦音を出して漢音を訓みたるもあり是亦一體せずと雖ともこと俚言に屬するをもて改むるに及はす増補も又之に傚ふ

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