2006年01月20日

石川雅望「ねざめのすさび」○てんこちなし

  ○てんこちなし
ゐなか人の詞に、てんこちもなしといへることは、ふるき詞なり。宇治拾遺物がたりに、てんこつもなくおろ/\かなてたりければとあり。実に古言はゐなかにぞおほくのこりたり。
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石川雅望「ねざめのすさび」○かなづかひ

  ○かなづかひ
かなづかひは古書によるべきことなりといへるはさも有べし。されど強ていまとたがはんとせるこゝろより、なか/\にかたくなゝる説をもいふめり。かほると云かなをかをるとかきて、万葉集に香乎礼流、また字鏡に加乎留とあれば、それを拠所とすといへり。されど賀茂なにがしが説に、古本催馬楽歌(東遊カ)に加保留とあるによるべし。万葉集第二に香乎礼流とある乎は本の誤なりといへり。この説ことわりあり。げに乎と本と字も相似かよひたり。保は乎と混ずべき字にはあらず。あながちにいまのかなをためむとするよりさいふべけれども、古書に両様に云てあらむには、いまのかなのかたにしたがふかたおだやかなるべし。をこたりをごりなどいへる詞も、はじめを《しのヲ》に書来たれるを、古言梯といへるものに、奢は大ほこりの意なるべしとて、おごりと書、怠は行廃《オコナヒスタリ》ならむとておこたりと書改しなど、すべて暗推の説にてよりがたし。古書に証あらむにはよかるべし。証拠もなきを、にはかに臆説をもて訓義をつけいはんとせば、いかさまにもいはるべきことなるをや。
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石川雅望「ねざめのすさび」○俗文のあやまり

  ○俗文のあやまり
今の世の俗文に、御座候といふ文字をあまた用てかく事にす。御座はおはしますと云訓なれば、人をあがめいはんにはさもかくべし。おのれの事をいふにもこれを用て、不佞義も病気にて御座候などかく事は、有まじきひがごとのかぎりなるべし。
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石川雅望「ねざめのすさび」いかのぼり

  ○いかのぼり
都人はいかとよび、関東人はたことよべり。形の烏賊魚に似たればなり。ふるき絵はもとより、近ごろ西川祐信のゑがける物、みな烏賊魚のかたちせり。関東にては章魚といへるも、足のおほかる物なれば、しかよべるなるべし。いにしへ師労之とよべるよし、和名抄に見えたり。風鳶、紙鳶など、かしこの文にも見えたれば、今のとびだこといふものは、唐のさまをうつしつくれるなるべし。
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石川雅望「ねざめのすさび」三の巻「ぞ こそ」

  ○ぞ こそ
こそといへるとぢめを、けせてねへめれの仮字もてむすべることは、たれもしれることなり。此外にぞにかよふこそといふこと有て、こそといひて終をる文字にてとむることありとて、ある歌学の師をせる人の伝へなりとて、人の語れることありし。こゝろえぬことなり。これはまたく後撰集恋四に、かけろふのほのめきつれは夕暮の夢かとのみそ身をたとりつる」といへる歌を、今本に夢かとのみこそ身をたとりつると誤てかけるを証拠とせるにや。諺にいはゆる〓〔才夕〕子を定木にすといへる類なるべし。又そといひてれと留ること例ありとてよめる人あり、思ふに新拾遺恋四に、家持「後世山のちもあはんとおもふにそしぬへきものをけふまてもあれ、といへるを証拠とせるなるべし。この歌、万葉巻之四、家持和2坂上大嬢1歌、後湍山後毛将相常念社可死物乎至今日毛生有《ノチセヤマノチモアハムトオモヘコソシヌヘキモノヲケフマテモアレ》とあれば、彼拾遺に載たるはまたく誤なり。これらをよしとおもひていへるは、〔拾遺集、松のうへになく鶯の声をこそはつねの日とはいふべかりける、これもれを誤てうつせり。〕

「ねざめのすさび」目次

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2005年12月05日

山東京伝『骨董集』かくれあそび

〔十一〕かくれあそび
〔宇都保物語〕初秋《はつあき》の巻《まき》に云、「草《くさ》のなかに、笛《ふえ》の音《ね》のし侍《はべ》るを、たづねてなむ、うへ{朱雀院也}、{同御詞}草笛《くさぶえ》をこそはふきけれ。大将《たいしやう》{かねまさ也}、{同詞}かくれあそびをやし侍らん、と聞え給へば云々。」〔栄花物語〕つぼみばなの巻《まき》、長和三年の条《くだり》に云、「をとこぎみは、いみじうおもひきこえ給へれど、なほいとこゝろづきなく、ともすれば、御かくれあそびのほども、わらはげたるこゝちして、それをあかぬことにぞおぼされたる。」とあり。【これらにかくれ遊びとあるは、今云《いまいふ》かくれんぼなるべし。たび/\いふことなれど、わらは遊びには、とにかくにふるき事のこれり。〔書言字考〕に、白地蔵《はくぢざう》の三字《 じ》を、かくれあそびと訓《くん》ぜるは、白地《あからさま》にかくるゝ、かりそめの遊び、といふ義ならん。○寛文の比は、これをかくれごともいへり。〔古今夷曲集〕寛文五年撰、序文《じよのぶん》に、「おさあいを、あひや手打《てうち》、川水《かはみづ》の阿〓《あわゝ》、いな舟《ぶね》の■頭々々《かぶり/\》、土佐《とさ》の手々甲《ぜゝがかふ》、大和《やまと》の元興寺《ぐわんごうじ》隠期《かくれご》などやうの事を、もてつらね、かいちらす、云々。」とあり。】
〔物類称呼〕【安永四年撰。】巻五に、「かくれんぼ、出雲《いづも》にて、かくれんごと云、相摸《さがみ》にて、かくれかんしやうと云、鎌倉《かまくら》にては、かくれんぼと云、仙台《せんだい》にては、かくれかじかといふ。」【醒云、鱗は石間にかくるゝものなればならん。】かゝれば、かくれんぼはかくれ子《ご》の転語《てんご》、かくれ子《ご》はかくれ遊びの遺言《ゐげん》なるべし。


参考文献
高田衛『八犬伝の世界』(中公新書・ちくま学芸文庫)
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2005年12月04日

富士谷御杖『北辺随筆』詞の延約

○詞の延約
先達の注書に、詞の延約ふたつをいはれたり。たとはゞ、「かへらふは、かへるを延べたるなり。「けらくは、けるを延べたるなりなどいふ、これなり。【此反、「かへるは、「かへらふ」の約、「けるは、「けらく」の約なりとの心なるべけれど、「らふ」、「らく」などは、別に義ある詞なれば、延約をもていふまじき事なり。くはしくはこゝにいはず。】歌はおほかた、もじの数もさだまれる物なるが故に、やごとなくのべつヾめたるなども、たま/\はあるべけれど、延約も、なほ皆義ある事なるを、おもふまゝに延約をもてとかば、詞の大旨をうしなふべし。反切なども、やごとなき法あるを、しひてもとめば、必しひごといでくべきぞかし。しひごとも、かれこそしひごとしつれと、人にあざけられむは、たゞおのれひとりがうへなればさてありぬべし。後学をまどはする罪、さりがたかるべきをや。
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富士谷御杖『北辺随筆』助字のたぐひ

○助字のたぐひ
すべて、助字、やすめ字、発語、などいふ事。先達の注書どもにみゆる、常のことなり。しかれども、たすくるも、助くべきゆゑありてこそたすけめ。やすむるも、やすむべき故ありてこそやすめゝ、発すも、おこすべきゆゑありてこそおこさめ。或はたすけ、あるはたすけず。あるはやすめ、あるはやすめず。あるはおこし、或はおこさずやはあるべき。さるべき故をもとかずして、たヾ助字、やすめ字、発語などいひてやみなんは、くちをしきわざならずや。後学いうそくの人も、猶これをことわるなく、たヾ先縦をふみて、さてのみやみたるは、所詮は遯辞とやいふべからん。しかたすけ、たすけず。やすめ、やすめず。おこし、おこさぬは、かならずその別をば、よくわきまへずば、おそらくは、たすくべきをたすけず、たすくまじきをたすけ。やすむべきをやすめず、やすむまじきをやすめ。おこすべきをおこさず、おこすまじきをおこすあやまり、かならずまじるべきをや。
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富士谷御杖『北辺随筆』詞の緩急

○詞の緩急
おほよそ、「これを、こといひ、「それを、そといひ、「たれを、たといひ、「かれを、かといふたぐひ猶多し。「これといふは、事がらの緩きなり。こといふは、急なるなり。みな緩急のたがひめなり。たとはゞ、万葉集巻三に、「如聞《キキシゴト》、真貴久《マコトタフトク》、奇母《アヤシクモ》、神左備居賀《カムサビヲルカ》、許礼能水島《コレノミヅシマ》。とよめる歌、「許礼能は、「許能に同じとのみ心えては全からず。真淵ぬしが注書どもに、「これはといふべき所をも、すべて、「こはとのみかゝれたり。そが中には、かなへりとみゆる所もあれど、緩くてあるべき所も多し。大家の詞には、よに酔ふ人おほきぞかし。おほよそ、急なるとは思慮計較を用ふべきいとまなき事をいふ。緩はこれが反なり。すべて、緩をいふは、急の別なり。急をいふは、緩の別にて、たがひにてらして、緩急を示すなりとしるべし。よくおもひわくべき事なり。
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富士谷御杖『北辺随筆』夜もすがら

〇夜もすがら
よもすがらといふ詞、後世には、いたく心得あやまれり。それは、此詞を誤れるにはあらで、ももじに麁なるなり。事がらによりて、終日こそあらめ、夜さへ終夜さあるべしやと思ふ時、「よもすがらとはいふべきなり。土佐日記に、【前日、「日ひとひ雨やまず、とあり。】「廿八日、よもすがら、雨やまず、けさも、とあるは、その終日ふりくらしゝ雨なればなり。又、「ニ日、雨風やまず。よもすがら神仏をいのる、とあるは、昼にはわたらねばなり。この二例のけぢめをおもふべし。後撰集に、【読人不v知。】「よもすがらぬれてわびつるから衣あふ坂山に道まどひして。千載集に、俊恵「よもすがら物思ふ比は明やらぬ閨のひまさへつれなかりけり。などよめるは、昼には必けぢめあるべき事の、しかあらぬをなげきて、もとはいへるなり。しかるを後世になりては、草根集に、【正徹が家集なり。】神楽、「よもすがらをだまきならでくり返ししづやの小菅うたふ声哉。一人三臣に、雅俊「よもすがら嵐もよきてはらふなよ月にさはらぬ花のしら雪。などあるは、神楽、月、ともに、ひるとのけぢめあるべき物にもあらねば、ももじ詮なし。されば、物がら事がらによる詞なりとしるべし。万葉集、巻十三、【長歌、上下略】「赤根刺昼者終爾野干玉之夜者須柄爾《アカネサスヒルハシミラニヌバタマノヨルハスガラニ》云々。【古今集にも、「よるはすがらに夢にみえつゝ、ともあり。】かく「は」とよめるに、むかへてもおもひうべし。
posted by 国語学者 at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 学史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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