2006年01月20日

石川雅望「ねざめのすさび」○かなづかひ

  ○かなづかひ
かなづかひは古書によるべきことなりといへるはさも有べし。されど強ていまとたがはんとせるこゝろより、なか/\にかたくなゝる説をもいふめり。かほると云かなをかをるとかきて、万葉集に香乎礼流、また字鏡に加乎留とあれば、それを拠所とすといへり。されど賀茂なにがしが説に、古本催馬楽歌(東遊カ)に加保留とあるによるべし。万葉集第二に香乎礼流とある乎は本の誤なりといへり。この説ことわりあり。げに乎と本と字も相似かよひたり。保は乎と混ずべき字にはあらず。あながちにいまのかなをためむとするよりさいふべけれども、古書に両様に云てあらむには、いまのかなのかたにしたがふかたおだやかなるべし。をこたりをごりなどいへる詞も、はじめを《しのヲ》に書来たれるを、古言梯といへるものに、奢は大ほこりの意なるべしとて、おごりと書、怠は行廃《オコナヒスタリ》ならむとておこたりと書改しなど、すべて暗推の説にてよりがたし。古書に証あらむにはよかるべし。証拠もなきを、にはかに臆説をもて訓義をつけいはんとせば、いかさまにもいはるべきことなるをや。
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石川雅望「ねざめのすさび」三の巻「ぞ こそ」

  ○ぞ こそ
こそといへるとぢめを、けせてねへめれの仮字もてむすべることは、たれもしれることなり。此外にぞにかよふこそといふこと有て、こそといひて終をる文字にてとむることありとて、ある歌学の師をせる人の伝へなりとて、人の語れることありし。こゝろえぬことなり。これはまたく後撰集恋四に、かけろふのほのめきつれは夕暮の夢かとのみそ身をたとりつる」といへる歌を、今本に夢かとのみこそ身をたとりつると誤てかけるを証拠とせるにや。諺にいはゆる〓〔才夕〕子を定木にすといへる類なるべし。又そといひてれと留ること例ありとてよめる人あり、思ふに新拾遺恋四に、家持「後世山のちもあはんとおもふにそしぬへきものをけふまてもあれ、といへるを証拠とせるなるべし。この歌、万葉巻之四、家持和2坂上大嬢1歌、後湍山後毛将相常念社可死物乎至今日毛生有《ノチセヤマノチモアハムトオモヘコソシヌヘキモノヲケフマテモアレ》とあれば、彼拾遺に載たるはまたく誤なり。これらをよしとおもひていへるは、〔拾遺集、松のうへになく鶯の声をこそはつねの日とはいふべかりける、これもれを誤てうつせり。〕

「ねざめのすさび」目次

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2005年12月04日

富士谷御杖『北辺随筆』詞の延約

○詞の延約
先達の注書に、詞の延約ふたつをいはれたり。たとはゞ、「かへらふは、かへるを延べたるなり。「けらくは、けるを延べたるなりなどいふ、これなり。【此反、「かへるは、「かへらふ」の約、「けるは、「けらく」の約なりとの心なるべけれど、「らふ」、「らく」などは、別に義ある詞なれば、延約をもていふまじき事なり。くはしくはこゝにいはず。】歌はおほかた、もじの数もさだまれる物なるが故に、やごとなくのべつヾめたるなども、たま/\はあるべけれど、延約も、なほ皆義ある事なるを、おもふまゝに延約をもてとかば、詞の大旨をうしなふべし。反切なども、やごとなき法あるを、しひてもとめば、必しひごといでくべきぞかし。しひごとも、かれこそしひごとしつれと、人にあざけられむは、たゞおのれひとりがうへなればさてありぬべし。後学をまどはする罪、さりがたかるべきをや。
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富士谷御杖『北辺随筆』助字のたぐひ

○助字のたぐひ
すべて、助字、やすめ字、発語、などいふ事。先達の注書どもにみゆる、常のことなり。しかれども、たすくるも、助くべきゆゑありてこそたすけめ。やすむるも、やすむべき故ありてこそやすめゝ、発すも、おこすべきゆゑありてこそおこさめ。或はたすけ、あるはたすけず。あるはやすめ、あるはやすめず。あるはおこし、或はおこさずやはあるべき。さるべき故をもとかずして、たヾ助字、やすめ字、発語などいひてやみなんは、くちをしきわざならずや。後学いうそくの人も、猶これをことわるなく、たヾ先縦をふみて、さてのみやみたるは、所詮は遯辞とやいふべからん。しかたすけ、たすけず。やすめ、やすめず。おこし、おこさぬは、かならずその別をば、よくわきまへずば、おそらくは、たすくべきをたすけず、たすくまじきをたすけ。やすむべきをやすめず、やすむまじきをやすめ。おこすべきをおこさず、おこすまじきをおこすあやまり、かならずまじるべきをや。
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富士谷御杖『北辺随筆』詞の緩急

○詞の緩急
おほよそ、「これを、こといひ、「それを、そといひ、「たれを、たといひ、「かれを、かといふたぐひ猶多し。「これといふは、事がらの緩きなり。こといふは、急なるなり。みな緩急のたがひめなり。たとはゞ、万葉集巻三に、「如聞《キキシゴト》、真貴久《マコトタフトク》、奇母《アヤシクモ》、神左備居賀《カムサビヲルカ》、許礼能水島《コレノミヅシマ》。とよめる歌、「許礼能は、「許能に同じとのみ心えては全からず。真淵ぬしが注書どもに、「これはといふべき所をも、すべて、「こはとのみかゝれたり。そが中には、かなへりとみゆる所もあれど、緩くてあるべき所も多し。大家の詞には、よに酔ふ人おほきぞかし。おほよそ、急なるとは思慮計較を用ふべきいとまなき事をいふ。緩はこれが反なり。すべて、緩をいふは、急の別なり。急をいふは、緩の別にて、たがひにてらして、緩急を示すなりとしるべし。よくおもひわくべき事なり。
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富士谷御杖『北辺随筆』夜もすがら

〇夜もすがら
よもすがらといふ詞、後世には、いたく心得あやまれり。それは、此詞を誤れるにはあらで、ももじに麁なるなり。事がらによりて、終日こそあらめ、夜さへ終夜さあるべしやと思ふ時、「よもすがらとはいふべきなり。土佐日記に、【前日、「日ひとひ雨やまず、とあり。】「廿八日、よもすがら、雨やまず、けさも、とあるは、その終日ふりくらしゝ雨なればなり。又、「ニ日、雨風やまず。よもすがら神仏をいのる、とあるは、昼にはわたらねばなり。この二例のけぢめをおもふべし。後撰集に、【読人不v知。】「よもすがらぬれてわびつるから衣あふ坂山に道まどひして。千載集に、俊恵「よもすがら物思ふ比は明やらぬ閨のひまさへつれなかりけり。などよめるは、昼には必けぢめあるべき事の、しかあらぬをなげきて、もとはいへるなり。しかるを後世になりては、草根集に、【正徹が家集なり。】神楽、「よもすがらをだまきならでくり返ししづやの小菅うたふ声哉。一人三臣に、雅俊「よもすがら嵐もよきてはらふなよ月にさはらぬ花のしら雪。などあるは、神楽、月、ともに、ひるとのけぢめあるべき物にもあらねば、ももじ詮なし。されば、物がら事がらによる詞なりとしるべし。万葉集、巻十三、【長歌、上下略】「赤根刺昼者終爾野干玉之夜者須柄爾《アカネサスヒルハシミラニヌバタマノヨルハスガラニ》云々。【古今集にも、「よるはすがらに夢にみえつゝ、ともあり。】かく「は」とよめるに、むかへてもおもひうべし。
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富士谷御杖『北辺随筆』物語ぶみの詞

○物語ぶみの詞
宇都保物語は時代作者ともに詳ならねど、源氏物語絵合の巻に、「竹とりのおきなに、うつぼのとしかげの巻をあはせて、と古物語に列せられたり。げにおほかたの事がらも、詞づかひなども、ふるめきたり。かの四町など、宇都保物語をまねばれたる所もみゆ。されども、うつぼ物語も、源氏物語も、詞はふるきもあり。また俗語のまゝをかゝれたるもまじり、なほ字音をさながら用ひられたる、詞なども多きぞかし。狭衣は、紫式部がむすめ、大弐三位の作なれば、源氏物語とは、いさゝかのおくれなるを、「法師だてら、などいふ詞さへみえたり。宣長ぬし、すでに源氏物語のことはあげつらはれき。げに御国の文章純粋なるものは、祝詞、宣命なり。しかれども、これのうち宣命は、字音ながら用ひられたる所々うちまじれり。用捨あるべし。されば文章は、たヾ祝詞、宣命のごとく、かくべき事なりとはいへども、かく新古雅俗を心えわきてのちは、いかにも/\かくべきぞかし。たとはゞ、「かなといふ脚結は、中昔よりいで来て、かみつよにては、「かもとのみよめり、【疑のかもをも、ひとつに「かもとよむ事、かみつよの例なり。】かく心得てのちは、「かもゝよむべく、「かなもよむべきがごとし。大かた後世の文章は、中頃のすがたを学ぶやうなれど、所詮は真名ぶみを、仮名にうつしたる物のごとし。いにしへに照して、こゝろをもちふべきなり。
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富士谷御杖『北辺随筆』訓と字の先後

〇訓と字の先後
論語に、「絵事後v素とあるをば、「しろきをのちにすとよみ来れゝど、語意ときがたし。わが伯父淇園、「しろきよりのちなりとよませられし。げにさる事なり。すべて漢土の書を訓読せむに、よく心してよまずば、かうやうの事多かるべし。わづらはしと思はゞ、直読せむ方、なか/\まさるべし。されど直読のみしては、文義心得がたきによりて、人皆訓読はするなりけり。おほかたの訓は、もとわが御国言にて、それをかりて漢字をよむ事なるを、いふかひなき人は、漢字の訓の如く心えたる多し。いはゆる、「けだし、「あだかも、「もはら、「またく、「すなはち、「はなはだなどは、ことにわが御国言とはおもはずかし。かつて漢字の訓にはあらず。万葉集中、いづれもおほくよめれば、訓は先にして、字は後なり。ゆめ/\この先後をわするまじきなり。されば漢籍をよまむには、まづわが御国言をわきまへざれば、かの後素のたぐひおほかるべし。
因云、この、「けだし、「あだかもの類は、引くにをよばず、「すなはちといふ詞、古今六帖に、「春たゝむすなはちことに君が為千とせつむべきわか菜なりけり。又宇治拾遺、巻十三に、「かぶりせさすとて、よりて馬そひのいはく、おちたまふすなはち、かぶりをたてまつらで、などかくよしなしごとは、おほせらるゝぞととひければ云々。などみゆ。これらの例を思ふに、「すなはちといふ詞は、漢字のもちひざまとは、置やうかはれるを思ふべし。
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富士谷御杖『北辺随筆』文の詞

〇文の詞
文をかくに、心うべき事あり。「まかるヽ「たうべ、「はべるなどの詞なり。これら、撰集の詞書に、つねかゝれたるは、撰集はもと奏覧の為にかける詞なればなり。されば物語ぶみなどにも、人にものいひこたふる時、または消息などにこそ、「はべる、「まかる、などはかゝれたれ。よくおもひわくべき事なり。いふがひなきゝはこそあらめ。よにその名しられたる人すら、このあやまりはみゆめり。
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富士谷御杖『北辺随筆』阿々志夜胡志夜

〇阿々志夜胡志夜
おなじ晁木がいへらく、古事記、神武の御巻に、兄宇迦斯《エウカシ》を討たまひし時の歌、「宇陀能多加紀爾志藝和那波留《ウタノタカキニシキウナハル》中略 亜々志夜胡志夜《エヽシヤコシヤ》、此者《コハ》、伊基能布曾《イキノフソ》、阿々志夜胡志夜《アヽシヤコシヤ》、此者|嘲咲者也《アザワラフゾ》とある。このをはりの詞、先達も弁じかねられたり。しかるに、おのれらが本藩にて、【筑後国柳河。】あつしよ《入声》、こつしよ《入声》とつねいふ詞あり。これなるべし。此詞は、あら笑止やなどいふべからん時にいふよしなれば、いとよくこゝにかなひて聞ゆといへり。神武天皇、もと筑紫よりおこらせたまひしかば、筑紫の方言は、かなら
ずふる言の伝はりたるべければ、うたがひなく、これなるべしとぞおぼゆる。亜は要の誤にやあらん。
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富士谷御杖『北辺随筆』ねばといふ脚結

〇ねばといふ脚結
かみつよに、ねばといふ脚結おほし。すべて、ぬにといふ心に用ひられたり。代匠記に、万葉集巻四、「奉見而未時太爾不更者如年月所念君《ミマツリテイマダトキダニカハラネバトシツキノゴトオモホユルキミ》、といふ歌の注に、「秋たちていくかもあらねばこのねぬる朝げの風は決すヾしも、【此歌を、後撰集には、すでに「あらぬに、となほしてのせられたり。】「秋田かるかりほもいまだこぼたねば雁がね寒し霜もおきぬがに、「さねそめていまだもあらねば白たへの帯こふべしや恋もつきねば、「秋山のこのはもいまだもみぢねばけさふく風は霜もおきぬべく、「巻向のひばらもいまたくもらねば小松が原に淡雪ぞふる、「うの花もいまださかねば郭公さほの山べを来なきとよもす。これらを引きて、末のよのあさましきは、この詞などのかなへらんことを、いかに案ずれども、えわきまへはべらぬなりと、契沖あざりはかきおかれたり。この阿闍梨より後の注者も、たヾぬにの心なりといへるばかりにて、弁じおかれたることも見えず。先達のおぼめかれたる事を、わきまへがほならんは、なかなかなるわざなれど、此詞、「いまだ時だにかはらぬにとよむ時は、われよりことわるわざとなるが故に、そこをのがれむが為に、ねばとはよむなり。されどよしなくていふにはあらず。相見ていまだ時だにも、かはらねば、ひさしとは思ふまじき理なるにといふ心をおもはせて、ねばとはよむなりけり。これこの阿闍梨の、此詞をしもわきまへられざりけるにはあらず。御国言をば、からごとのなみにおもはれけるがゆゑなりかし。万葉集巻八に、「霜雪毛未過者不思爾春日里爾梅花見都《シモユキモイマダスギネバオモハヌニカスガノサトニウメノハナミツ》とあるは、ねばといひ、ぬにとさへよめり。めづらしき例なり。
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富士谷御杖『北辺随筆』経緯

〇経緯
経緯【五十韻をいふ。亡父つねにかくいはせたるなり。】の本は、悉曇家には阿字なり。おのれおもふに、五十のこゑ、みな口をひらきて後きこゆ。口を閉ぢながらこゑあるは、ンなり。此ンのこゑ、さながら口をひらけばはじめてなり出づるこゑは、宇なり。こゝをもてみれば、他域の言はしらず。わが大御国にしては、五十のこゑの本は宇なる事疑なし。【すべて、風土にしたがひて、同じからざる物なる事、いふも更なれば、音とても、猶他域にたがふ事かならずあるべし。うたがふべからず。】かくいふ所謂は、わが大御国言、すべて下に宇緯の音を踏みたるは、詞の正しきなり。たとへば、おもふといふ詞、布をふみたるが本にて、この布の、おもはぬ、おもひ、おもへ、おもほゆなどかよふは、変通なり。また、みるといふ詞、見らく、みればなどかよふが如く、すべて詞といふ詞、このさだめならぬはなし。これをあはせておもへば、いよ/\宇の音は、諸音の本源たるべしとはおぼしきなり。此ンといふこゑ、音はありて文字なきが故に、牟、迩、美など、音便にしたがひてかり用ひられたり。いはゆる蝉、丹波、難波など、脚結の良牟、計牟などのごとし。万葉集巻一、「三輪山乎然毛隠賀雲谷裳情有南畝可苦佐布倍思哉《ミワヤマヲシカモカクスカクモダニモコヽロアラナンカクサフベシヤ》といふ歌の、畝は、一本に武につくれり。字形の似たるが故に、誤れるなるべし。あやしむべからず。宇治拾遺巻三、「今はむかし、小式部内侍に、定頼中納言ものいひわたりけり。それに又、ときの関白かよひたまひけり。つぼねに入りてふし給ひたりけるを、しらざりけるにや。中納言より来てたゝきけるを、つぼねの人、かくとやいひたりけむ。沓をはきて行きけるが、すこしあゆみのきて、経をはたとうちあげてよみたりけり。二こゑばかりまでは、小式部内侍、きと耳をたつるやうにしければ、この入てふしたまへる人、あやしとおぼしける程に、すこしこゑ遠うなるやうにて、四こゑ五こゑばかり、ゆきもやらでよみたりける時、うといひて、うしろざまにこそふしかへりたれ。このいりふし給へる人、さばかりたへがたう、はづかしかりし事こそなかりしかと、のちにのたまひけるとかや、とある、此うといひてといふ宇は、ンたるべけれど、文字なきが故に、うとはかゝれけん。小式部が心のうちに、定頼黄門のこゑを聞きしりめでゝ、おもはずンといひたりしは、音はありながら、関白殿下にはゞかりたるなり。さればンは、未発既発の間のこゑにて、口をひらけば、やがて宇となる事、この書ざまにておもふべきなり。この考を、わが伯父なりし淇園にかたりたりけるに、ンは、漢土にも文字は、なきにや。爾雅に、臍輪とて、◎かゝる字あるは、ンの字なりといはれき。
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富士谷御杖『北辺随筆』脚結のをもじ

〇脚結のをもじ
をといふ脚結の事、【脚結とは、世にいふてにをはの事なり、亡父かくいはせたるなり。】亡父成章いへらく、酒はのむためにかみ、ふみはみむためにつくれる物なるが故に、さけをのみ、書をみるとはいふべからず。もし、目しひたる人のふみをよみ、やまひある人の、さけをのまば、必をもじはおくべしといへり。古今集雑下「かぜふけばおきつしら浪たつた山といふ歌の左注に、上下略「よふくるまで琴をかきならしつゝうちなげきて云々。このをもじは、琴ひくべき機嫌ならぬに、心ならずひくさまを、おもはせられたるなり。もと琴は、ひくべき為につくれる物なれば、かゝらむ時こそ、をとはいふべけれ。又いと後の世の歌なれども、新古今、公衡、「かりくらしかた野の真柴をりしきてよどの川瀬の月をみるかな、とよめるをもじ、家にかへりてのちみるべき月を、おもほえず、かた野にて見つるかなとの心を、おもはせてなり。脚結はすべて、をもじにかぎらず、いづれもかゝる心えある物なり。おろかにすまじき事、このひとつにてもしるべし。
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富士谷御杖『北辺随筆』御国言

〇御国言
古事記、垂仁の御巻に、品牟都和気《ホムツワケノ》命の御事をば、「是御子、八拳鬚《ヤツカヒゲ》至2心前《ムナサキ》1真事《マコト》登波受《トハズ》、中略 物言如v思爾而勿2言事《モノイフコト》1。この詞、うちみには心えがたき詞なり。勿v言といはゞ、物言如v思とはいふべからず。物言如レ思といはゞ、勿v言とはいふべからぬことわりなり。されば思ふに、思ふが如く物いふは、真言にあらねば、さる物いひは、物いふにあらずとの心なり。これをば唖のごとく心うるは、いとをさなきわざならずや。万葉集中、「言佐敝久《コトサへく》と韓言《カラサへヅリ》をよめるは、日本紀に「韓語言といふにおなじく、きく人の情をさふるいひざまをいふにて、この真言の反なりとしるべし。此けぢめをよくわきまへずば、かみつ世の言どもはときうまじく、ましておのがいはむ言をや。ゆめ/\、わが大御国言を韓語言に混ずまじき事なり。
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富士谷御杖『北辺随筆』訓読

〇訓読
好古小録と云ふものに、【藤貞幹著】「日本紀、古来は、全篇訓読の書にあらず。故に、建久年中の本、及、桃華の御本、皆ヲコト点をつくるのみ、されば日本紀の仮名と称するは、私記等の訓なり。今の印本のごとく、悉、訓読せしにはあらず。悉訓読をなすは、日本紀を読む為につくりし仮名本を、【釈日本紀云、仮名日本紀、元慶説云、為v読2此書1私所2注出1也。作者未v詳。】真名の日本紀にならべて、書入れてよましめしが、伝はる物ならんとみゆ。もとからぶみがきにかきたまひし物なる事、これらの説にもあきらかなり。これによりておもふに、万葉集の端作なども、しひて訓読せむはなか/\なるべし。しかれども、日本紀も、御国言をからもじもて、あて給へる所もあるべき事。古事記に、御国言のまゝにかゝれたる、所々多きに思ふべし。一概にも心うまじきなり。
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2005年06月25日

岡島何羨子

『韻鏡井蛙抄』(享保五年)を著わした、何羨子 岡島道高と思われる人物を見かけたので記しておく。

中野三敏先生蔵の『享保癸卯/新正試筆』享保八年刊。内題は「新正試筆」、柱には「癸卯元旦」。篠崎東海(ここでは、「東海逸民篠崎三悦」)が纏めたもの。

そこに、「何羨子岡島長右衛門」で、詩を寄せている。

『韻鏡井蛙抄』は、誠心堂書店で、伝本少なし(著者不詳とも)とて、85000円で売られている。

別に購入している。国書総目録にれば、東洋大学のみ。
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2005年04月01日

義門『活語余論』「じぢのけぢめ」

         じ ぢ のけぢめ

「冨士山は必ふじの山、藤花はいつもふぢのはなと書くこと、女わらはべにてもこれを互に混ふる事はをさ/\なきは、つねのロ呼おのづからに誰も/\わかれてあるが、わが土佐のならはしなるを、京に出て三とそいつとせすまひゐし女などのかへり来てはことさらめきてこれをわからぬやうに云ふ」と、土佐人吉田直堅と云へる士の、かの國の京屋敷と云へるにまうのぼりゐるに、部屋にて大平本居翁、保己一塙ノ拾校、正輔大堀氏、などゝともにあひあひけるときに、ものがたりしをおもひ出るにをかしきことなり。考るに彼るにつらなるとのにつきて出るとにて、重くウオと聞ゆると軽くオと聞ゆるとのおもむきよりも、このじ ぢ の別はわきやすきことなり。だとざとはいと/\明かに相分れて聞えもしいはれもするなり。舌用のかゝり齒用のあづかるところを意えて、だの音に彙へてといひ、ざに例してじと呼び試るべし。ふじの山とふぢい花と じ ぢ 同じからず。むかしは人みなのロ呼よくわかれてぞ有けん。ずづ の別なずらへて考ふべし。まづ さしすせそ は 舌のあぎをぱうつことかすかにて、た ち つ て と はあたるやうふかし。されぱ濁りてよぶ時もざぜぞと だでど とのわかるゝやうに、じずとぢづ ともわかるべきことわりなり。さることわりのまゝに、いにしへはたゞしくよべりけれぱこそ、ふるき書どもには,かの書とこの書と、其書しるせる仮名文字のつかひざまの、さだかに分れてあるにてはあるべけれ。但しまぎらはしくなりそめしはなほいとふるくよりなめれど〔假名遣千代の古道に云へる如し〕、心を用ゐてはたゞしくかけりし人の多かりけんは、さすがに口呼のまぎれものち/\の世のやうにはあらざりしからなるべくぞ思ひやらるゝ。

 さてかう書をるをりしも有人来て云、「日向人に聞聞ばかの國にては、治助といへる男と次助といへるとが物云かはすに、互によびわけ聞わくこと珍しからず。又筑前にても十蔵といふ人と重蔵といふ人との呼あふ音聲かたみに相わかれ、かたへよりきゝをる人も聞まがふる事をさ/\なかめるよし聞ゐる也」と云り。義門こゝに思ふに、さは 藤藤 富士 もわかれてあるらん。たゞしこは又ぎゝの又ぎゝなれぱ尚よく聞べし。土佐のは其國人直堅のいへるをたゞに聞しになん。おもふにこれらはむかしよくわかれてありし、大かたのおのづからなりし音聲のなごりなるべしと乞 かへす/\も想像せられしか。其後又肥前人に聞くに「その國もとより 治右衛門 何次郎 の 治 次 人皆よく云わく。富士と藤との紛れぬ事固より也」と云へり。

 土佐人に聞し上の件は文政の初計の事なるを、廿五六年計経て、天保十四年春(註)讃岐ノ國に渡りて圓龜にしてきくに、「かの土佐のばかりにこそはわかりたらね、藤屋といふをふじやと書やうの事はこゝもとにてもおのづから誰も物せず」とぞ。

 さて又鹽の事、豐前小倉人の語りしにやゝかよへる事あり。市にひさぎありく聲の「しぼや/\」と聞ゆるをかし と聞つきて、わざと今一聲とことさらにいはせてきけば、しをなれどおのづからには尚しぼといふとおぼしきは小倉のしほにやゝ似ておもしろし。藤をふじとかゝぬはよろしきほどの人もむげのさと人も大かたかはらざめり。又しはく七嶋とてあり、鹽飽とかく。それをロにいふは、しは しわ いと聢にはわからざれど,ものにかくに、しわくとはさと人とてもかくともがらの、をさくなかめる、これもをかし。





義門『活語余論』巻2

この条の後半「さてかう書をるをりしも」以下、『義門研究資料集成 下』に無し。そのかわりに、
さてそのおのづからによくわかれてありしむかしのまゝのなごりを土佐の人おほかたのものいひのうへにて想像すべきは亦いとをかしうまことにたふとし
とあり。





「方言座談会」と呼んだ論文あり。
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義門『活語余論』「諸国の方言によりて……」

【二八】 諸国の方言によりて 古言 雅語 の領會せらるゝあまたある事

 じ ぢ のけぢめ、かう くわうか のしなの如き、今もわかれてある處のあるは、古雅の傳はれる也。是を思ひても近き世人の霊語通とやらんにいへりとのさだ、古くは仙源抄などのみだりごとなどに惑ひて、「仮名に格なし」とやうにいひ思ふは宜からざること知るべし。くに%\の方言のあやしげなるに、はたかへりて此筋の正しきもとを訪ね得べき事もある物也。されば國々行廻り、或は都などにて相あひて、處々の物言ひを聞くに付て、物學ぴの助となる事も少からぬもの也。戀すてふとやうに云ては古くはちふといへり。其ちはといの約りと様にとかざれば、このわたりの初學はえ意得ねど、ちふとまではつね%\いひなれをる國處も少からず。聊もと云意ばへにて、ゆめしらずと云事此わたりには云へど、ゆめにとにもじそふればぬるが中にみる夢とのみ聞えて、聊少の事とはならず。さてそれに又も文じ一そへて、ゆめにもといへば、又いはゆる 聊も 少も といふ意になる。むかしぶみにては、ゆめにとにもじのみそへたるも聊少の意、亦 サラ/\ カツテ の意につかへるもあるを、今の世のつねごとに、すなはちしかいひをる國も有べし。但し和訓栞大綱()に若狭方言とて出せるには、此若狭にてふつにいへらぬ言の、たれも意得がてにのみする詞あるはいかなるにかあらん。是よりみれぱ彼大綱に出せる諸國の方言何處にも事のたがへるやあらん。かにかくに諸のくに人に親う交り聞てこそ。



(義門「活語余論」巻2)
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2005年03月26日

貝原益軒『日本釈名』虚字「故」

故 かるがゆへとは、しかるがゆヘなり。上を略せり。又|故《カルガユヘ》と云事を、日本紀にかれと云。其故は、るかのかへしは、ら也。ゆへの反《カヘ》りは、ゑ也。右の二音を合すれぱ、らゑ也。らゑの反しは、れ也。故にかれとよむ。二合かへし也。又源氏物語に故と云べきを、けといへるは、かれの反《かヘシ》は、けなり。今に遠鄙《エンヒ》の人は、故といはすして、けと云。
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2005年03月25日

『かたこと』53条

一 物のせまりを[ぜつぴ]といふこと葉は。是非《ぜひ》といふ心歟。とにかくに[ぜつぴ]は浅《あさ》ましき俗語《そくご》成べし。

その外。[ひやぢ]。[かこい]などいふやうのこと葉のおこりは。大かた唐国《もろこし》人のこと葉成べし。かるたといふ物より出《いで》たること葉にやといふ人も侍る。

ョ《さう》じて南蛮《なんばん》言葉 唐人口《たうじんぐち》などは。いさゝかもいふべからざる歟。

あしきことは何《なに》のうへにてもおぼえやすくして忘《わす》れがたし。よき事《こと》はおぼえがたくて忘《わす》れやすしと云り。されば舌《した》どき人のまねをしならへば。しとやかなる物いひもたちまち舌《した》どになりて訥《ども》り侍れど。舌《した》どなる人が。しとやかなる口まねはいと習《なら》ひがたし。されども嗜《たしなみ》にて年久《としひさ》しう学《まな》べば舌《した》どなるも終《つゐ》になをり侍るとかや。

夷《えぞ》が千嶋《ちしま》のこと葉などの。だみたるは。いかに世にはやるともかりにも学《まな》ぷべからずと云り。

惣《そう》じて。都《みやこ》のこと葉も。昔《むかし》はよかりしかど。いつの程《ほど》よりや田舎こと葉のまじりて。あしくなりけるとぞ。吉田《よした》の兼好法《けんかうほう》しは後宇多院《ごうだのゐん》の時《と旨》の人なり。そのころさへ早《はや》いやしきこと葉のはやり侍るとて。車《くるま》もたげよ。火《ひ》かゝげよといふべきを。もちあげよかきたてよなどいへりしを嘆きてつれ/\草に書たれたるにや。今《いま》はその。もちあげよかきたてよが。よきこと葉の品《しな》になり侍るにや。かゝげよ。もたげよなどいひ侍らば。人|笑《わら》ひになり侍るべし。まことに歎《なげ》かしきことならずや。応仁《をうにん》の乱《みだ》れより都《みやこ》の風俗《ふうぞく》おほくことあらたまりてあしう成行《なりゆき》侍しとかやいひ伝《つた》へし。応仁《をうにん》はさのみ遠《とを》しともいふべからずかし。

しかはあれど。かう治《おさ》まりたる御代《みよ》なれば。をのづから代《よ》の声《こゑ》もやはらかなれど。是《これ》は我子《わがこ》のつたなくて。いやしき女《め》のわらはなど。さしつどへて。むかしくかたるを聞《きゝ》なれ云《いひ》なれ侍るにしらしめんとて。長《なが》/\しう記《しる》し侍るは。心の闇《やみ》のはるけがたくてなん



(『近代語研究3』6670)
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