2005年05月01日

鈴木文史朗「原始時代と国字問題」

『文史朗文集』(昭和27.2.20 講談社)所収p154-162 初出不詳
ローマ字化を提言。
posted by 国語学者 at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月24日

福沢諭吉『文字之教』

http://kindai.ndl.go.jp/cgi-bin/img/BIImgFrame.cgi?JP_NUM=41021252&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0

……むつかしき字をさへ用ひざれば漢字の数は二千か三千にて沢山なるべし。此書三冊に用ひたる言葉の数僅二千に足らざれども一通りの用便には差支へなし

松坂忠則『国語国字論争』真昼文庫
「日本に仮名の文字ありながら……沢山なるべし」
posted by 国語学者 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月11日

ローマ字論の始め(明治事物起源 第七学術)

 明治七年二月発行、『明六雑誌』第一号に、西周の「洋字を以て国語を書するの論」一篇あり。帰するところは、今日いはゆるローマ字法を採用せんとの旨趣なり。中について、左のごとき例をあげしを見る。


  ○ハ読マヌ字ノ標  ^ハ韻字韻ノ変ズル者

  上ノ仮名綴字 下ノ仮名ハ呼法 一ハ目的二出ス語実辞其外ヲ形容語ニ用フル時


イカサマ オモシロシ  オモシロキ  コト  アツク ナル
ikasama  omosirosi  omosiroki  koto  atuku naru
イカサマ オモシロ・イ オモシロ・イ コト  アツ・ウ ナル

                       ○    ○
フシギナル コト コレ ニテ ヨシ イマ キカム  イワム
fusiginaru koto  kore nite  yosi ima  kikam,  yuwam
                        ^   ^
フシギナル コト コレ ^デ ヨイ  イマ キカウ イワウ




 この新論は、一時立ち消えの姿なりしが、明治十八年の夏、死灰再燃し、ローマ字会と

いふ協会の成るを見たり。

  横でも通すローマ字の発起人  臨笑
posted by 国語学者 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小学仮名つかひ(明治事物起源 第七学術)

 小学校にて用ひる漢音の仮名つかひは、発音のまま教、協、喬等はみなキョーと書くの類、ーを長音符として用ふべき旨、明治三十三年樺山氏の文部大臣時代、制限漢字一千二百字の表とともに第二号表にて発表せり。俗にこれ棒引き仮名法といふ。

 この挙は、一方より見れば、一進歩のごとくなれども、小学児童に漢音と国語の別を責むるは不可能にして、たとへば応対の応にオーの仮名すべきを教ふるときは、こと多き、おほいなる犬、目を蔽ふなどの仮名またことごとくオーとやッてのけるもの多ければ、ここにおいて、始めて、漢音のみならず国語の仮名つかひにも革新を加へざるべからざるを発見せるぞ愚かなる。ことに、この棒引き仮名はただ小学のみに用ひ、中学は依然旧法を用ふるをもつて、中学生は小学にてすでに学びしことは、何の益にも立たず、またさらに学習せざるを得ず、不利極まれり。

 よりて西園寺総理のとき、国語の仮名を改革せんがため、国語調査会をはじめ、しばしば討議調査して一案を成し、これを議会に諮りしに、貴族院の反対ありて実施に至らざりしも、読本の改訂期近づき、機やうやく熟するころになりて、内閣の交迭となり、四十一年五月に至り、小松原文相、新たにまた字音仮名遣ひの一法を布令し、教科書の検定および編纂の場合に、この法を許容し、ー引き仮名法を廃止せり。



旧 あう  あふ おう わう をう を 新 おう

同 かう  かふ こう こふ くわう を 同 こう

同 さう さふ そう    を 同 そう

同 きやう きよう けう けふ  を 同 きよう

同 ひやう ひよう へう    を 同 ひよう



文部省生徒の顔に手習ひし  (作者不知)
posted by 国語学者 at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国語問題(明治事物起源 第七学術)

 明治になりて、わが国語と文章との間に、大溝渠あるを不便とし、両者を相近づかしめんと論著せしは、実に明六社諸同人に始まる。ローマ字仮名字のことは、別項これを述べたれども、なほ、当時の世論一斑を抄出せん。

「……然ルニ今其所謂我ノ文章ナル者、言フ所書スル所其法ヲ異ニシテ、言フベキハ書スベカラズ、書スベキハ言フベカラズ、是亦文章中ノ愚ナル者ニシテ、文章中ノ一大艱険ナリ、蓋世ノ人既ニ爰ニ見ルアリ、故ニ今日之ヲ改正セントスルノ挙亦ナキニアラズ、曰ク漢字ノ数ヲ減ジ其数ヲ定ム、曰ク和字ノミヲ用ヒ和字書ヲ製シ和文典ヲ作ルト、其他異論アリト雖、是近日翹楚ナリ……」(明六雑誌一号、西周説)

「維新ノ際、論者文字ヲ改メテ、通用ニ便セント欲シ、或平仮名ヲ用ヒント云ヒ、或片仮名ヲ用ヒント云ヒ、或洋字ニ改メント云ヒ、或新字ヲ作ラント云ヒ、又邦語ヲ廃シテ英語ニ改メント云フ者アリ、又従前ノ如ク和漢雑用ニ従ハント云フ者アリ……」(明六雑誌第七号、清水卯三郎説)


 以上は、明治七年頃の所説なるが、国語問題の実際は、今日なほこれを繰り返すに過ぎざるなり。(別項「小学仮名つかひ」および「清水卯三郎小伝」参照)
posted by 国語学者 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

仮名がき論の始め(明治事物起源 第七学術)

 明治七年五月発行『明六雑誌』第七号に、清水卯三郎の平仮名の説あり、平仮名にて、日本文を書くべきを論じたり。「則余ガ〈舎密ノ階〉ヲ訳述シテ同志ニ謀ル所以なり」とあり。氏の舎密書に、仮名書きの著訳『ものわりのはしご』三冊外二種あり。

 明治十六年七月かなの会成立す。ただ意見一致せず、会員を雪月花三部に分かちをりしが、翌十七年七月合同し、事務所を飯田町一ノ七に移せり。会員の数、十六年七月には二百人なりしが、十七年八月には二千余人に上れり。

  仮名会   王鉄峰

橋端箸嘴混雑v通、医者石屋疑似(ノ)中、棄2却漢洋若干字1、欲c将2蚯様1振b皇風a

  同      一々庵

さり状の規則を破るかなの会


posted by 国語学者 at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月09日

大槻文彦への天誅葉書

『新聞集成/明治編年史』十三巻 p439

臨時仮名遣調査委員会について、「言海と相背戻する處多く」などと。
posted by 国語学者 at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

二葉亭四迷「くち葉集」

同音異義なる言葉をかなに書きては不便ならずやと、されどそれは西洋にて有ることなり。(中略)一字にて三義を有すれど、その用ひ方、用ひ所によりて、如何に解すべきやは知らるべき也。



岩波書店、新書サイズ全集第6巻、p9

筑摩書房 明治文学全集17 p118



【これを引用した文献】

桐原徳重「最近の言語政策の動向」(小野昇編『国語改革論争』くろしお出版1960.4.15)p22(「落ち葉のはきよせ」)「同音異義は西洋にてもあることなり。その用い方、用いし所によりて、いかに解すべきやは知らるべし。」
posted by 国語学者 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

漢字御廃止之議

「漢字御廃止之儀」(ローマ字文庫)

「漢字御廃止之儀」(梅雨空文庫)



【参考文献】

山本正秀(1968) 「漢字御廃止之議」の「議」について 『解釈』158

山本正秀編『近代文体形成史料集成 発生編』

土岐善麿『国語と国字問題』(昭和22.9.20 春秋社)p27

「國家の大本は〜御廢止相成候樣にと奉存候」「教育に漢字を用ひるときは〜稀少の割合に相成候」「世界無量の事物を解釋書寫するに何の故障も之れ無く誠に簡易を極むべき」「實に痛歎の至に御座候」「今日本に來りてみるに〜麻痺せるなり」「文典を制し辭書を編し句法語格接文の則」
松坂忠則『国語国字論争』真昼文庫 p39-42(大部分を引用)
倉石武四郎『漢字の運命』p156
posted by 国語学者 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 国字問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。