2005年11月20日

『自叙益田孝翁伝』中公文庫

p70
 当時横浜で商売をしておった西洋人は日本語が出来ず、日本人は外国語が出来ない。それがどうして取引きをしておったかというと、外国商館のコムプラドルをしているシナ人が、ビジョン・イングリッシュ(実はビジョン即ち鳩でなく、ビジネス・イングリッシュ)とわずかばかりの日本語とを知っていて、それで用を弁じた。私は少し英語を知っていて西洋人と話が出来たものだから、日本の商人から先生先生と言われ、先生こういうことがあるのですがどうか交渉していただきたいというようなことを頼まれるので、よろしいと言うて早速交渉してやる。そんなことをしてしばらく遊んでおった。
posted by 国語学者 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 外国人の日本語など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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