2005年10月21日

東西対立意識

上司小剣「死刑」
http://plaza.rakuten.co.jp/amizako/diary/200510140001/
総じて江戸は人問の調子が軽うて、言葉も下にござります。下品な言葉の上へ、無暗に「お」の字を附けまして、上品に見せようと企《たくら》んでおります。味噌汁《みそしる》のことをおみおつけ《、、、、、》、風呂のことをおぶう《、、、》、香のもののことを|おしんこ《、、、、》……」
「もういい、玄竹。そちの江戸攻撃は聞き飽きた。のう紀」と、但馬守は玄竹のぶッきら棒に言いたいことを言うのが、好きでたまらないのであった。江戸から新しくこの町奉行として来任してから丁度五ヶ月、見るもの、聞くもの、癪《しやく》に障ることだらけの中に、町医中田玄竹は水道の水で産湯を使わない人間として、珍しい上出来だと思って感心している。
「玄竹さまは、わたくしがお火のことをおし《、、》と言って、ひ《、》をし《、》と訛《なま》るのをお笑いになりますが、御目分は、し《、》をひ《、》と間ちがえて、失礼をひつれい《、、、、》、質屋をひち屋《、、、》と仰っしゃいます。ほほほほほほ」と、紀は殿様の前をも忘れて、心地よげに笑った。
posted by 国語学者 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 方言史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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