2005年06月18日

古事類苑 文学部 第二十七 外国語学

我国に行はれたる外国語学は、韓語を以て尤も古しと為す、蓋し三韓は我国との交通尤も早く開けたればなり、

次で支那と交通するに及び、漢音,呉音を伝へたり、文武天皇の令を撰ばしめたまふに及び、大学に音博士を置きて読書の音を正し、其後漢語師を置きて訳語の任に当らしめ桓武天皇の朝には大に漢音を奨励し、仏経をも亦漢音にて読誦することを令したり、されど支那語学は支那交通の断絶と共に亦漸く衰へたり、呉音は支那の一土音にして、欽明天皇の時仏経に伴ひて伝来せしものなりと云ふ、故に仏経は後世猶ほ之を用ゐて読誦せり、徳川時代には又支那音を学ぶもの多く、之を唐音と呼べり、即ち当時の漢音なり、而して幕府には唐話教授方ありて之を数ヘ、長崎には唐通事ありて、専ら訳語に従へり、

悉曇は、梵語の学なり、空海、円仁等、入唐して之を伝へしより、安然、浄蔵の徒、大に之を弘め、後世亦往々之に通ずるものあり、

欧羅巴諸国の語を学ぶ事は、其創始を詳にせず、徳川時代に在りては、天主教と共に国禁に属し、長崎の訳官と雖も、普通の会話を学ぶに止りて、書籍に就くことを許さヾりしが、徳川吉宗の比より讒に訳官にのみ之を詐し、尋で又有志のもの丶之を読むものをも寛容して責めざるに至れり、而して欧語中、徳川時代ニ行はれたるものは和蘭最も古くして且広く、露、英、仏、独語等之に次げり
posted by 国語学者 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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