2005年03月26日

徳田秋声「二十四五」十二

 客の中には、隆一が東京へ出てから、今度も八年振で逢ふやうな人もあった。(中略)貴婦人風に細い金鎖を垂してゐる、東京語《とうけうことば》の上手な女もあった。然云ふ女は然云ふ女で、厭に澄してゐた。



『明治文学全集』p205上
posted by 国語学者 at 18:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 言語生活史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/2842777
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック

花は桜、魚は鯛―祖父谷崎潤一郎の思い出 (
Excerpt: 複雑な血縁関係の狭間で暮らした谷崎氏が義理の孫・渡辺たをりさんの、谷崎氏にまつわる食の思い出を中心に綴られたエッセイです。谷崎氏が亡くなった時点で著者は中学1年生、内容自体は本人の記憶というよりは、著..
Weblog: あおいのblog
Tracked: 2008-02-02 09:39
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。