2005年03月23日

『明治事物起原』金融商業部「広告霞字の始め」

 明治二十六年、村井吉兵衛紙巻き煙草ヒーローを売り出してより、盛んに広告を行ひ、同二十八年京都における第四回博覧会のとき、如意ケ岳の山腹に霞の棚引けるごとく、白くヒーローの四大字を造り出したり。しかるに勝景を俗了したりとて、各新聞雑誌の非難説おほいに沸騰し、京都市会はつひに村井氏に命じてかの広告撤去を命じたり。しかるにいまや都鄙鉄道の沿線など広告文字ならざるなきに至れり。
posted by 国語学者 at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語生活史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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