2005年03月12日

西洋小説翻訳の始め(明治事物起源 第八)

 泰西小説を、わが国語に翻訳して紹介したるは、徳川初期時代の伊曾保物語を嚆矢とすべきか。近古安政四年九月には横山由清(保三)が、『魯敏遜漂行紀略』を出したるあり。同書は小本一冊、川上冬崖の模写に係る三図を木版彩色に摺りて口絵となし、本文十五丁解題三丁あり。

 明治維新当初より、西書の訳述少なからざれども、多くは科学、法律、政治等知的方面のもののみにして、いまだ文学方面におよばず、そのこれあるは、明治十年以後のことに属す。

 イ 『和蘭美政録』は、神田孝平が、文久元年に、和蘭の小説二編を翻訳せるものを合はせし名なり。一つは『楊芽児奇談』、一つは『青騎兵並右家族共吟味一件』なり。写本のまま、明治に伝はり、なかんつく『楊談』の方は、明治十年九月以後の『花月新誌』に連載し、また二編とも、明治二十四年一月以後の『日本之法律』に連載せり。『明治文化全集』第十四巻に、『楊談』を収め、吉野作造博士のくはしき解題あり。本書は、ただ西洋小説翻訳の祖といふに止まらず、探偵小説の祖なり。『花柳春話』以前、この訳書ありしを明らかにしおく。

 ロ 『花柳春話』明治十年十二月、『欧洲奇事花柳春話』丹羽純一郎の訳に出づ。ロード・リツトンの原著『アーネスト、マルトラバース』の翻訳にして、漢文直訳体の文章なり。これリツトンの作の本邦文壇に紹介せられたる濫觴にして、兼ねて明治文壇における翻訳小説の嚆矢なり。
posted by 国語学者 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語生活史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。