2005年03月12日

版権保護の始め(明治事物起源 第八)

 幕府その威力を失ひて、百事弛廃し、出版界も、重版偽版の不徳漢乱出し、これを取り締まる法律の力が完備せず、福沢氏は、慶応三年版『事情』の外篇の三に、「書を著述し図を製する者も、之を其人の蔵版となして、独り利を得るの免許を受け、以て私有の産となす、之を蔵版の免許、コピライトと名づく」といひ、同四年四月、『中外新聞』第一二号の、神田孝平の重版論一篇となり、「凡そ国家の風俗智識を向上せんが為めには、有益の書籍の出つるを奨励すべく、そして其の著述者に、重版厳禁の権利を与へて、其利益を収めしむるを法とす」を論議するに至れり。

 明治維新後、版権保護の法律の始めは、二年五月十三日発布の出版条例がそれなるべし。その第三項に、「図書ヲ出版スル者ハ、官ヨリ之ヲ保護シテ専売ノ利ヲ収メシム、保護ノ年限ハ、率ネ著述者ノ生涯中ニ限ルト雖モ、其親族之ヲ保属セント欲スル者ハ聴ス」とあるもの、すなはちこれなり。「三十年間、専売ノ権ヲ与フベシ」と版権に年数を明らかにせしは、八年九月三日改正の出版条例に始まる。
posted by 国語学者 at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語生活史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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