成語の例としては、木に|棲《とま》つた二羽の鳩を「あれはなんだ」と外人に訊かれた時、「ツウ・ポツポ・キ・マテマテ」と答へたり、燈臺の説明に「舟はいき(け)ん、さらんぱん、ろうそく」と云つたり、靴修繕人を、くつ、ポンポン、マン」、寺院を,てんぽう・はあす」(天保ハウス)と云ふ等、小児に教ゆるやうな一種の外語混用の成語を以て突嗟の妙智を見せて居るものである。
斯の如く外國人に對して説明的に意譯した異例な成語、即ち外國語と日本語とを交へて、甚しく不熟な而して面白い言葉が、口を衝いて出る時に、外國人も比較的容易に之を理解して、果ては外國人自身に於ても、日本語を主用したものに外國語を混合して、自らの創作的の言葉を以て、日本人に對するやうな有樣となり、その日本通を發揮して盛にやつたものである。是等を一つ一に味ふときは誠に滑稽を極め、洪笑を禁じ得ないものがある。斯く日本語を外國語化した發音で、綯交ぜの同胞間の談話や、さては異國人との商取引にも、口眞似に手眞似や動作をも添加した、所謂獨自な開港場の言葉を横濱言葉として極めて開發的な、さうして雜然とした開港當時の有樣や、其後に於ける状況に適はしい幼稚で、而かも眞劒な態度には、憫憐と微笑とを禁じ得ないものがあるのであつた。
斯かる言葉を常用して、彼我互に其通を振り廻したところに、横濱内容の情緒を豊富にし、其輪廓を懷しく肥大し來つたものではあるが、何れもは世運の進展に隨ひ、其時流に伴はざる古き昔語りの珍奇語として殘り、數奇者にのみ取扱はるゝ悲しい運命に置かれては、明治中葉期から漸次に其面影を薄くし、爾後僅かに波止場の人力車夫や|ちやぶや《・・・・》の中などにのみ其姿を傳統し來つ
たが、現今に於ては殆ど消滅に近い有樣なのである。

