2005年12月04日

富士谷御杖『北辺随筆』訓と字の先後

〇訓と字の先後
論語に、「絵事後v素とあるをば、「しろきをのちにすとよみ来れゝど、語意ときがたし。わが伯父淇園、「しろきよりのちなりとよませられし。げにさる事なり。すべて漢土の書を訓読せむに、よく心してよまずば、かうやうの事多かるべし。わづらはしと思はゞ、直読せむ方、なか/\まさるべし。されど直読のみしては、文義心得がたきによりて、人皆訓読はするなりけり。おほかたの訓は、もとわが御国言にて、それをかりて漢字をよむ事なるを、いふかひなき人は、漢字の訓の如く心えたる多し。いはゆる、「けだし、「あだかも、「もはら、「またく、「すなはち、「はなはだなどは、ことにわが御国言とはおもはずかし。かつて漢字の訓にはあらず。万葉集中、いづれもおほくよめれば、訓は先にして、字は後なり。ゆめ/\この先後をわするまじきなり。されば漢籍をよまむには、まづわが御国言をわきまへざれば、かの後素のたぐひおほかるべし。
因云、この、「けだし、「あだかもの類は、引くにをよばず、「すなはちといふ詞、古今六帖に、「春たゝむすなはちことに君が為千とせつむべきわか菜なりけり。又宇治拾遺、巻十三に、「かぶりせさすとて、よりて馬そひのいはく、おちたまふすなはち、かぶりをたてまつらで、などかくよしなしごとは、おほせらるゝぞととひければ云々。などみゆ。これらの例を思ふに、「すなはちといふ詞は、漢字のもちひざまとは、置やうかはれるを思ふべし。
posted by 国語学者 at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 学史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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