2005年12月04日

富士谷御杖『北辺随筆』阿々志夜胡志夜

〇阿々志夜胡志夜
おなじ晁木がいへらく、古事記、神武の御巻に、兄宇迦斯《エウカシ》を討たまひし時の歌、「宇陀能多加紀爾志藝和那波留《ウタノタカキニシキウナハル》中略 亜々志夜胡志夜《エヽシヤコシヤ》、此者《コハ》、伊基能布曾《イキノフソ》、阿々志夜胡志夜《アヽシヤコシヤ》、此者|嘲咲者也《アザワラフゾ》とある。このをはりの詞、先達も弁じかねられたり。しかるに、おのれらが本藩にて、【筑後国柳河。】あつしよ《入声》、こつしよ《入声》とつねいふ詞あり。これなるべし。此詞は、あら笑止やなどいふべからん時にいふよしなれば、いとよくこゝにかなひて聞ゆといへり。神武天皇、もと筑紫よりおこらせたまひしかば、筑紫の方言は、かなら
ずふる言の伝はりたるべければ、うたがひなく、これなるべしとぞおぼゆる。亜は要の誤にやあらん。
posted by 国語学者 at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 学史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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