2005年12月04日

富士谷御杖『北辺随筆』脚結のをもじ

〇脚結のをもじ
をといふ脚結の事、【脚結とは、世にいふてにをはの事なり、亡父かくいはせたるなり。】亡父成章いへらく、酒はのむためにかみ、ふみはみむためにつくれる物なるが故に、さけをのみ、書をみるとはいふべからず。もし、目しひたる人のふみをよみ、やまひある人の、さけをのまば、必をもじはおくべしといへり。古今集雑下「かぜふけばおきつしら浪たつた山といふ歌の左注に、上下略「よふくるまで琴をかきならしつゝうちなげきて云々。このをもじは、琴ひくべき機嫌ならぬに、心ならずひくさまを、おもはせられたるなり。もと琴は、ひくべき為につくれる物なれば、かゝらむ時こそ、をとはいふべけれ。又いと後の世の歌なれども、新古今、公衡、「かりくらしかた野の真柴をりしきてよどの川瀬の月をみるかな、とよめるをもじ、家にかへりてのちみるべき月を、おもほえず、かた野にて見つるかなとの心を、おもはせてなり。脚結はすべて、をもじにかぎらず、いづれもかゝる心えある物なり。おろかにすまじき事、このひとつにてもしるべし。
posted by 国語学者 at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 学史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。